頸椎牽引装置の歴史とストレッチルーネの革新

技術解説

監修:佐藤洋平 医学博士/執筆:元屋敷英樹(ストレッチルーネ®開発者)

はじめに

頸椎(首)の牽引療法は、脊椎や関節に対して力を加えて整復・矯正する治療法として、実に古代までさかのぼる長い歴史を持っています。古代ギリシャの医聖ヒポクラテスが紀元前4世紀頃に骨折や脊椎カーブ矯正へ牵引を応用したのを皮切りに、その後17世紀にはイギリスでグリソンの吊り帯、20世紀には頭蓋骨にピンを打ち込む「トング」や頭部リング固定のハロー装置など、各時代に様々な牽引装置が考案されてきました。それら多くの装置は基本的に外部から首を引っ張る「直線牽引」であり、装置と体をロープや重りで結んで牽引力をかける設計です。

一方で近年、日本で開発された頸椎ストレッチ器具「ストレッチルーネ®」は、従来とは発想を異にし、人間の頭・顎・首そのものを装置の一部(テコ機構)に組み込むユニークな構造を持ちます。

本記事では、医学史の観点から主要な頸椎牽引装置の構造原理をわかりやすく振り返り、それぞれが「テコの原理」を利用しているか否かを検証します。そして最後に、ストレッチルーネが世界で初めて顎を支点とするテコ構造を採用した頸椎牽引デバイスと言えるかを考察します。

古代の牽引治療:ヒポクラテスの牽引ベンチ

古代ギリシャの医師ヒポクラテス(紀元前460頃–370頃)は、脊椎や四肢の変形治療のために世界で初めて持続的な牽引力を利用した装置を考案した人物として知られています。ヒポクラテスは背骨の側弯や関節の脱臼などを矯正するために、「ヒポクラテスのベンチ」と呼ばれる木製の台を用いました。この装置は長い板状の台に患者を縛り付け、ロープ・滑車とウィンドラス(巻き上げハンドル)を組み合わせて四肢や体幹を引っ張る仕組みになっています。患者は板の上でうつ伏せや仰向けになり、腕や脚、腰などに縄を巻き付け固定されました。その上で医師が巻き上げ機を操作して縄を引っ張り、骨折した骨を引き延ばして位置を整えたり、湾曲した背骨をまっすぐに伸ばそうとしたのです。これは現代の「牽引テーブル」の原型ともいえる非常に原始的な治療台で、持続的な軸方向の張力(牽引力)によって骨格のずれを矯正しようとするものでした。

ヒポクラテスの牽引ベンチ

パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1243622

ヒポクラテス自身、当時の医療書(ヒポクラテス集成)において脊柱の変形に対する様々な整復法を記載しており、ヒポクラテスの梯子・板・ベンチという三種の装置を用いたことが伝えられています。例えば「ヒポクラテスの梯子」では患者を梯子に縛り付けて立てた状態や逆さまに吊す状態で揺さぶり、体重と重力を利用して脊柱のカーブを伸ばす方法でした。「ヒポクラテスの板」では患者を板にうつ伏せに縛り付け、医師が脊椎の突出部(後弯部)を手や足で押しつけながら同時に軸方向に牽引する方法がとられました。そして「ヒポクラテスのベンチ」では、患者を長椅子状の台に固定し、壁の穴に差し込んだ梃子板(てこ板)や巻き上げ縄によって体を引っ張る方法が用いられたのです。

ヒポクラテスのベンチで行われた治療は、基本的には一直線上の強い牽引力を骨や関節に加えるシンプルな力学でした。装置の固定された台座部分が仮想的な支点となり、巻き上げたロープの張力が力点、そしてその張力が伝わる患者の骨格が作用点という構図です。患者の頭部や顎が梃子(てこ)のように支点として機能することはなく、力はあくまで軸に沿って引っ張られるだけでした。このため機械的な「テコの原理」は用いられておらず、いわば人間の身体を直線方向に力任せに引き延ばす装置だったのです。実際、このベンチによる治療は記録によれば非常に粗野で強引な方法であり、安全性や精密さの点では現代の整形外科用機器には遠く及ばないものでした。骨折や脱臼の整復に一定の効果はあったものの、強力な牽引で無理に矯正するその様子は、後世の人々から「拷問用のラック(背骨伸ばし刑具)のようだ」と比喩されるほどでした。ヒポクラテスの工夫したこれら古代の矯正装置は、当時としては画期的な試みでしたが、その治療効果には限界があり、患者への負担も大きかったと言えます。

17~19世紀:グリソンの輪と「懸垂療法」の再登場

古代以来しばらく廃れていた脊椎牽引の概念が再び脚光を浴びるのは、17世紀に入ってからのことです。イギリスの医師フランシス・グリソン(Francis Glisson, 1597–1677)は、小児のくる病(くびかり)や脊柱の彎曲矯正を目的として、17世紀中頃に「グリソンの輪」(Glissonのスリング)と呼ばれる吊り具を考案しました。グリソンは1650年に発表したくる病に関する著書の中で、背骨の曲がった子供の治療法としてこの吊り具を紹介しています。それは布製の帯を患者の顎の下と後頭部(場合によっては両脇の下まで)に回しかけ、頭部全体を支えるように装着してから、上方に吊り上げて身体を宙吊りにするというものでした。実際に当時の記述によれば、幼児用の吊り装置で子供の体を空中にぶら下げ、見物人が左右にゆらゆらと揺らして遊ばせるようすらあったといいます。「宙吊りにされた子供が喜んで宙を漂う様子は一見すると遊具のようでもあり、しかしその間に背骨が引っ張られて伸びる」——グリソン自身、このような懸垂運動が背骨の湾曲を伸ばし、関節を矯正して子供の身長を伸ばすのみならず、全身の活力を高め栄養の巡りを良くすると考えていました。

グリソンの輪

引用: ATOMIYME | Home and family, Accessories Glisson's loop - purpose, application features

このグリソン式スリングは、現在でいう頸椎牽引ハーネスの原型であり、顎下と後頭部を包む帯で頭部を支えて上方へ引っ張ることで首(頸椎)に牽引力を加える装置でした。構造自体はシンプルで、頭部全体を包帯で支えて吊り上げるだけのものです。17~18世紀のヨーロッパでは、このグリソンの方法が広く知られるようになり、背骨や首の治療に応用されました。実際、"Glissonの吊り輪"による牽引法は大陸ヨーロッパでも評判となり、19世紀初頭まで整形外科領域で盛んに試みられています。グリソンの名を冠したスリングは、イギリスだけでなくフランスやドイツでも普及し、19世紀末にはロンドンの王立整形外科病院においても標準的に使用されていました。その後20世紀初頭に入ると、イギリスの整形外科医フィッシャー(Fisher)がグリソンのスリングを改良した懸垂フレームを考案し、患者の不快感を軽減しつつ同様の牽引効果を得られるよう工夫されています。

17~19世紀には、グリソンの吊り具の原理を応用した様々な牽引装置や治療法が各地で試みられました。例えば、「整形外科の父」とも称されるスイスのジャン=アンドレ・ヴェネル(Jean-André Venel, 1740–1791)は1780年代に脊柱側弯症の治療に取り組み、「延伸ベッド」と呼ばれる牵引矯正用の寝台を1789年に発表しています。これは患者を水平なベッドに寝かせ、頭側と足側に引っ張ることで脊椎を伸ばす装置で、ヒポクラテス以来の牵引療法の思想を18世紀の技術で甦らせたものでした。また1768年には、フランスの医師フランソワ・ルヴァシェ(François Le Vacher)が「ジュリーマスト装具」と呼ばれる器具を考案しています。これは患者の頭蓋にぴったり合う金属製の帽子(スカルキャップ)を被せ、そこから背中に沿って垂直の支柱を下ろし、顎や首を支える帯と繋げたものです。患者が直立した姿勢でこの装具を装着すると、頭から背骨にかけて上方への持続的な牽引力(圧迫軽減力)が働き、背骨の変形や結核性の後弯を矯正しようという試みでした。19世紀に入ると、アメリカの整形外科医ルイス・セイヤー(Lewis A. Sayre, 1820–1900)による脊柱側弯症治療法が有名になります。セイヤーは1877年に発表した著書の中で、患者を頭と両腕から吊り下げて背骨を最大限に伸展させ、その状態で胴体に石膏ギプスを巻いて固める方法(セイヤーの懸垂ギプス法)を紹介しました。具体的には三脚の懸垂装置に滑車とロープを取り付け、患者の頭部にグリソン式の吊り輪、両腋の下にストラップをかけて上方に引き上げます。身体が垂直に近く宙に浮いた状態で背骨がまっすぐ引かれたところで、素早く胴体に石膏包帯を巻いて固定し、その「矯正ギプス(Sayreジャケット)」を数ヶ月間着けたままにするという治療でした。セイヤーのこの方法は当時画期的とされ、以後20世紀初頭まで欧米の整形外科で脊柱側弯症治療のひとつの標準となりました。

一方、19世紀後半には整形外科だけでなく神経科(神経学)領域でも牽引療法への関心が高まりました。1883年、ロシアの神経科医オシップ・モチュトコフスキー(Osip Mochutkovsky)は、脊髄瘻(神経梅毒による脊髄障害)患者を全身懸垂することで歩行障害の改善が図れると報告しました。これは頭と体幹をハーネスで吊り下げることで脊髄への圧迫を和らげようとする試みで、当時ヨーロッパ中に大きな反響を呼びます。フランスの大神経学者ジャン=マルタン・シャルコー(J. M. Charcot)はこのロシアの報告に注目し、自ら1889年に懸垂療法に関する短い専著を著して紹介しました。こうして梅毒性脊髄症(脊髄瘻)の治療法としての「懸垂療法」が1880年代末にブームとなり、ヨーロッパ各地の神経科医がこぞって患者を吊り下げる治療を試みました。さらにロシアの神経学者ウラジーミル・ベフテレフ(V. M. Bekhterev)は1893年に、「全身懸垂+頸椎牽引」を組み合わせれば治療効果が高まると提案し、懸垂した患者の首にも追加で牽引帯をかけて引っ張るという方法を発表しています。1897年頃には、フランスのジル・ド・ラ・トゥレット(Gilles de la Tourette)も自身の診療所で脊椎牵引を神経疾患の患者に応用するなど、一時は「懸垂療法」や「脊椎牽引療法」は神経学領域の流行治療ともなりました。

19世紀の懸垂療法

引用: SCIENTIFIC AMERICAN SUPPLEMENT, New York, April 27, 1889

しかし、当時用いられた牽引具・懸垂具は、いずれも基本的にグリソンの発想を踏襲した「首吊り」式、すなわち患者の頭部や顎下に帯をかけて上方へ引き上げる方式でした。顎先で体重を支える不自然な姿勢は患者に大きな負担を強い、長時間の継続は困難でした。ある19世紀の医師は「吊って数分もすれば顎が痛み始め、患者は苦痛を訴える」と当時の懸垂療法の欠点を指摘しています。実際、首を吊られた患者は痛みから首の屈筋群を緊張させてしまい、肝心の脊椎が伸びる効果が減弱してしまうとも報告されました。こうした事情から、19世紀までの頸椎牽引はもっぱら上方向への軸牽引に頼ったものに留まり、患者の頭部それ自体を重りやテコとして活用するといった発想には至っていませんでした。牽引療法はその後20世紀に入り整形外科や外傷外科の分野で新たな改良が加えられていくことになりますが、少なくとも19世紀末時点では「頭を吊る」単純な方法以上の革新はまだ見られなかったと言えるでしょう。

20世紀前半:頭蓋骨トングと近代的直線牽引

20世紀に入ると、自動車事故などの外傷の増加も相まって、より強力かつ制御可能な直線牽引が求められるようになりました。その要請に応える形で登場したのが、頭蓋骨にピンを刺入して骨格レベルで牽引を行う「頭蓋骨トング」です。米国の脳神経外科医ウィリアム・ガーデナー・クランチフィールド(W. G. Crutchfield)は1933年、側頭部近くの頭蓋骨に2本の鋭いピンを対称にねじ込み、トング本体を滑車と分銅に連結して下方へ直線牽引を加える方法を報告しました。これがのちに標準機器となる「クランチフィールド・トング」の嚆矢です。以後、この方式は頸椎脱臼・骨折の整復に広く用いられるようになりました。

クランチフィールド・トング

クランチフィールド・トング:筆者作成

もっとも、最初の着想は北米の別の外科医にも見られます。カナダ・アルバータ大学のハワード・H・ヘプバーン(Howard H. Hepburn)は、1920年代半ばにすでに頭蓋トングを考案・使用していたことが近年の歴史研究で示されています。ヘプバーンは「氷運搬用トング」から着想を得て、さらに自動車タイヤチューブの弾性を利用して牽引力を与える工夫まで行っており、エドモントンの病院で1930年頃には日常的に使用されていたとされます。クランチフィールド本人も1933年の報告で「エドモントン式延長トング」を引用しており、先行する実践の存在を示唆します。歴史的クレジットは主にクランチフィールドに与えられてきましたが、実用化の端緒を開いたのはヘプバーンであったという再評価が行われています。

構造と力学:直線牽引の徹底

頭蓋骨トングは、左右2本(機種により複数)の鋭いピンを頭蓋外板に刺入して固定する構造です。ピンが頭蓋骨外板に食い込む摩擦でトング全体を支持し、そこから滑車—分銅へと張力が伝わって鉛直方向の直線牽引が頸椎に加わります。力学的に言えば、ピン刺入部が見かけ上の「支え」となり、分銅の重力(力点)がロープを介して頸椎(作用点)に伝達されますが、顎や頭をレバーの支点として回転させる機構ではない点が重要です。つまり、ここで働くのは滑車+直線牽引であって、力の方向を回転で変換するテコ機構は存在しません。

臨床的には、分銅の重量は損傷様式や体格に応じて段階的に調整され、X線透視や臨床所見で整復位を確認しつつ数kgから二桁kg台に至るまで増減します(当時の報告では頂点近くにピンを置く初期の設計だと30ポンド超で不安定化の懸念があるなど、機構上の限界も指摘されています)。この限界は後年、ピン角度や位置を改良したGardner-Wells型などの改良機によって部分的に克服されました(こちらは20世紀後半の話題ですが、直線牽引の設計思想の延長線上にあります)。

適応・禁忌と合併症:強力ゆえの注意点

頭蓋骨トングは急性の頸椎脱臼・骨折で迅速な整復が必要な症例に大きな威力を発揮しますが、禁忌としては牽引で悪化しうる牽引性損傷、頭蓋骨骨折合併、局所感染、安定性損傷で装具保存が適するケースなどが挙げられます。適応を慎重に見極めることが前提です。

合併症として古くから繰り返し報告されてきたのが、ピン刺入部の感染、ピンの緩み、過剰刺入による内板貫通と硬膜損傷、まれながら脳膿瘍や血管・神経損傷などです。今日のレビューでも、ピン部位感染はもっとも一般的な合併症と位置づけられ、クロルヘキシジン等による日次のピンケアや、24時間・3日・週1回のトルク再調整などが推奨されています。

「頸椎ハルター牵引」の併存:1929年の近代的首吊り

同じ20世紀前半には、病院や自宅で扱いやすい「頸椎ハルター」も登場します。1929年にA. S. Taylorがはじめて整形外科領域に紹介したとされるこの方法は、顎下と後頭部を布帯で包み、頭頂方向へロープと分銅で上方牵引するという近代版の首吊りでした。当時、C5–6高屈曲損傷の増加(自動車事故との関連)背景に推奨され、病棟や在宅でも使いやすい簡便さから普及します。

ただし、ハルター牵引は直線的な上向き牵引ゆえに顎先への圧痛や長時間継続の困難という本質的な限界を抱えました。頸椎に対して頭部重量を巧みに変換する機械的レバーを備えるわけではなく、外力で頭蓋を上げるという単純牵引です。のちのスクリュー式や空気圧式カラーの誕生へと改良ニーズがつながっていきますが、発想自体は直線牽引の延長にとどまります。

ストレッチルーネの登場:テコの原理を応用した頸椎ストレッチ

こうした歴史を踏まえ、2000年代に入って画期的な国産デバイスが誕生しました。日本の発明家・元屋敷英樹氏による「ストレッチルーネ®」です。発明の着想は、元屋敷氏自身が高校時代から悩まされた慢性的な肩こりでした。既存の治療法に限界を感じた彼は、自宅で手軽にできる首ストレッチ法を考案し、それを具現化した器具として2006年に日本で特許を取得しました(特許第3995702号)。その後、改良を重ねて製品化に成功し、米国や中国でも相次いで特許登録されるに至っています。ストレッチルーネは一見するとシンプルなU字型の樹脂製器具ですが、その構造原理は極めて独創的です。

ストレッチルーネの使い方は簡単です。椅子に座った状態で器具のくぼみに自分の顎を載せ、ゆっくり上半身を前に倒します。すると頭が前方へ落ちようとする重みを顎受け部で支える形になり、首筋が上向きにグイっと引っ張られるのです。このとき働く力学を整理すると、支点は顎(器具のくぼみに当たっている点)、力点は頭部の重さ(前に倒れようとする重量)、作用点は首(頭が落ちるのを支えることで生じる上方への牽引力)となります。つまり人間の頭部と顎を一体化した一本のテコが出来上がり、外部の重りや複雑な機構を使わずに自重で首を伸ばす仕組みになっているのです。利用者は頸部に心地よいストレッチ感を得られ、力の加減も体重移動で自然に調整できます。これはまさに「重力」と「テコの原理」の融合といえ、首への余計な負担をかけず安全かつ効果的に牽引が行える点が大きな特徴です。

ストレッチルーネのテコの原理図解

注目すべきは、ストレッチルーネが「装置の一部」として人体の構造そのものを取り込んでいることです。他の器具が「人体 vs. 装置」の構図で外力を加えるのに対し、ストレッチルーネでは「人体の一部(頭と顎)が装置機構の構成要素」となっています。顎受けに荷重がかかることで器具本体が支点となり、頭という生体の重りが力点として作用し、首筋に牽引力が生まれる——このような三点一体のレバー構造は、調査した限り過去の頸椎牽引器具には例がありませんでした。実際、ストレッチルーネの特許公報には「テコの原理を応用した独自性ある発明」であることが明記されており、日本のみならず米国・中国でも類似技術は認められず特許登録されています。これは、従来技術にストレッチルーネと同様の構造が存在しなかったことを示すエビデンスと言えるでしょう。

従来装置との比較とその独自性

ストレッチルーネが登場する以前の代表的な頸椎牽引装置について、その原理とテコ構造の有無をまとめると次のようになります。

ヒポクラテスの牽引ベンチ(古代)

木製台とロープで軸方向に引っ張る装置。患者の体を固定し外部から直線牽引力を加えるもので、テコ構造ではない。顎や頭は単に固定される対象で、レバーの支点にはなっていない。

グリソンの輪(17世紀)

顎下と後頭に帯をかけ頭部全体を上吊りにする簡易牽引具。身体をぶら下げる懸垂型牽引であり、三点からなるレバー機構は持たない。顎は帯に覆われるが、テコの支点というより荷重のかかり部位でしかない。

頭蓋骨トング(20世紀前半)

頭骨にピンを刺し重りで下向きに牽引する強力な装置。ピン刺入部が支点、重りが力点、頸椎が作用点に相当するが、頭部自体は固定されて動かず、実態は直線牽引である。顎は装置に関与しない。

ハルター牵引(20世紀前半)

頭にかぶせた布製帯を上方へ引く家庭用吊り具。テコ構造ではなく、顎先へ単純な上向きの力が加わるだけである。痛みのため長時間使用は困難。

ハロー装置(1950年代~)

頭蓋に固定リングを取り付けて頭部と胴体を一体化し、姿勢や重力で牽引する器具。頭部固定用ピンが支点的役割を果たすものの、装置内での可動はなく基本は固定牽引である。顎は装置に関与しない。

エア/スクリュー式牽引カラー(1980–90年代~)

肩当て+顎当て構造でねじや空気圧により首を挟み上げる装置。ヒンジ部分が支点となり機械的にはレバーに近いが、頭を持ち上げる直線動作であり顎を中心に頭が回転するわけではない。頭の重さは利用していない。

ストレッチルーネ(2000年代)

「顎=支点」「頭=重り(力点)」「首=作用点」が一体となった第一種てこ(支点が中央にあるタイプのてこ)として機能する世界初の頸椎牽引器具です。頭部の重量という自然エネルギーを活用し、装置内のテコ機構によって力の方向を変換して首を伸ばすという構造は、頸椎牽引の歴史において他に類を見ないものです。

おわりに:世界初の顎支点デバイスとして

古代から現代に至るまで、頸椎牽引は「外から首を引っ張る」直線的な方法が主流でした。ヒポクラテスのベンチも、グリソンの輪も、ハロー装置も、いずれも頭や顎を支点として力を変換する仕組みは持っていません。

これに対してストレッチルーネは、顎を支点、頭の重みを力点、首を作用点とするシンプルなテコ構造を導入しました。外部の重りや複雑な装置に頼らず、人体そのものを構造の一部とする発想は、従来にない革新です。

ストレッチルーネは頸椎牵引の歴史において「日常生活で使える初のテコ式牽引器具」として位置づけられます。頸椎ケアのアプローチをより身近に、より自然にした点で、まさに新しい時代を切り拓いた存在といえるでしょう。

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